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●リンガーのホテル
日清戦争と日露戦争をはさんだ10年間に、長崎は繁栄の黄金時代を経験した。フレデリック・リンガーは、需要の高まりを見越して、「東洋一壮大なホテル」の建設を計画した。明治31年9月1日、大浦海岸通り(香港上海銀行長崎支店の隣)にオープンした「ナガサキ・ホテル」は、その当時、まさにアジアの一流ホテルであった。華やかな3階建ての煉瓦造りに客室50室、広いベランダから港を見下ろす最高級の部屋をはじめ、125名を収容できるダイニングルーム、日本初の全室電話完備、自家発電、冷蔵設備を備えていた。しかし、日露戦争後、観光客も貿易額も急下降を辿り、ナガサキ・ホテルはリンガーが英国で死去した翌年の明治41年に閉店を余儀なくされた。 |