キリシタン大名の大村純忠は、宣教師の要請で1574年(天正2年)に領内のキリスト教への一斉改宗に踏み切った。拒否する領民や僧侶達には追放や迫害を加え、寺社仏閣は焼き討ちにして破壊した。その数神社13、寺院28に達し、対象となっていた郡川沿いの極楽寺は焼き討ちから逃れたものの廃墟化し、江戸時代になって、その跡地に日蓮宗仙乗院妙宣寺が建てられていた。同寺は1614年には福重地区に移転し、深重山妙宣寺と改められている。開山後、キリシタン達が、同寺を破壊しようとして裏山からころがしたとされる大きい石を「丹投石」と称して、境内に保存されている。
掲載の写真は深重山妙宣寺境内に保存されている「丹投石」を撮影した作品である。同石の顔面には丹投石と太い文字で刻されている。
- 撮影日時:令和2年(2020年)5月24日 午後3時半頃
- 撮影場所:大村市福重町
- 撮影者:池田勉
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長崎と天草地方のキリスト教関連歴文化遺産群ウェブサイト(おらしょ-こころ旅-)・フォト巡礼
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